写真 北斗星 Vol.1  1996.12

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著作権 (C)1996 PKDの会

注1)これはPKDの会により発行された会報「北斗星」誌をホームページに編集したものです。
 2)ここに記載された情報に起因する損害または権利の侵害に関しては著者及びPKDの会は一切その責任を負いません。

目次

会報「北斗星」発行において・・・この号の先頭へ戻る・・・
PKDの会会長 岡野正一

皆様お元気でお過ごしでしょうか。
今年5月にPKDの会か発足しまして早くも半年が経とうとしています。その中で役員の皆さん及ぴ関係各位の皆様のご協カを得まして、いろいろと努カをしていただきまして、ここに会報「北斗星」を会員の皆様にお送りすることかてきました。なにぷん初めての経験ですのでまだまだ不十分だと思いますが、今後も会員の皆様のご協カを得まして、内容の充実した楽しい会報にしていきたいと思います。

ご意見ご希望のある方はどしどし投稿していただきますようお願い致します。各種の欄を設けて会員同志のコミユニケーションを計っていきますので、常時役員の方へお寄せ下さい。

写真 また会として、神奈川県に対して難病指定の認定の申請をしたいと考えております。
また嚢胞腎についての関係資料をたくさん作って、この病気の早期対策に役立てていきたいと思います。

「北斗星」創刊号発行において、会員の皆様のお役に立てるよう今後ともカ強く活動していきますので、宜しくお願い致します。

PKDの会・・・この号の先頭へ戻る・・・

北里大学病院泌尿器科 真下節夫

20数年前に米国てトレーニングを受けていた時、移植学会に出席していた1人の米国の中年女性に出会いました。最初は女医さんかと思っていたのですが、話してみると腎不全患者会会長さんでした。医学知識も豊富で多くの医師とも親しく対等に懇談し、また展示会場には腎不全患者会が死体腎移植促進のキャンペーンのためのコーナーを開いていました。私が米軍病院でインターンをしていた頃からインフォームド・コンセントなど、患者さん中心の医療に慣れているつもりだったのですが、患者さん達が学会に参加しているのを見て、かなり驚かさました。すでにこの頃から米国では学会も患者さんに門戸を開いていたのです。

その後帰国して、嚢胞腎の患者さんを診るようになって、PKRF(Polycystic Kidney Research Foundation:嚢胞腎研究基金)が米国カンサスに本部を置き、患者さんならびにその家族やポランティアを主体とした団体で、財源も豊富で、嚢胞腎の初究のために資金を提供し、その見返りを自分達のために還元している立派な団体であることを知りました。

写真 ただ誰かが手を差しのべてくれるのを待つのではなく、自分達によって、自分達のために、積極的にやっていこうとする強い意思と実行カには感服するだけでした。当然のことながらあらゆる手段を用いて、PRにつとめ、必要かあれば政治家を動かしてまでも自分達の要求を貫こうという姿勢を持ち、実際に行動にうつしています。

PKRの会も始まったばかりではありますが、今回の機関誌の発行はその大きな第一歩を記したことになります。PKRFを目標とし、さらにこれを超える団体に早く成長してほしいと思います。そのための援助やお手伝いは充分にさせていただきたいと思っています。

インフォームドコンセント・・・この号の先頭へ戻る・・・

北里大学病院腎臓内科 塚本雄介

写真 「インフォームドコンセント」という言葉を耳にしたことがあると思います。最近、この言葉が非常に強調されるようになってきました。さて、此はどういう意味をもっているのでしょうか。直訳すると「知らせて同意を得る」という意味になります。

医療の世界では、治療に際して患者自身の同意を得る、という意味で普通使われます。ただ、このことは以前より医師により行なわれてきたことではありますが、残念ながらその内容は、医師によって大分差があったように思います。以前から「医師を信頼してまかせればよい」という風潮は、医師のみならず患者の側にもあったと思われます。では「インフォームドコンセント」とは、もっと医師がよく説明するようにする為だけの意味しか持っていないのでしょうか。

私はそうではないと考えています。これはもっと患者やその当事者が医療をもっとよく理解して、自ら治療に参加するという、もっと能動的な意味を有していると思います。このことの意味を私が痛切に感じるのは、新薬治験に患者さんに参加してもらうときです。新薬か発売されるまでは通常10年近くの年月が費やされますが、その最初の段階は動物実験で効果と安全性を確かめた上、健康人での安全性をまづ確かめます。その上で患者さんに投与して効果と安全性を確かめます。この場合、実薬とプラセボ(偽薬)を患者も医師もどちらかを知らされずに投与する二重盲検試験を通常行います。

この治験のためには当然ながら患者さんの同意が必須です。この同意を得る場合、新薬の効果と安全性を強調すれぱ通常患者さんはたいてい同意しますが、副作用の可能性を強調すれぱまづ拒否します。これは通常の医療行為においても同じことです。すなわち医師の説明次第で変わってしまうのです。では医療を受けるがわが的確な判断をするためには何が必要なのでしょうか。

そのためにまづすることは一般の人が義務教育において医療を理解できるような基礎知識を学ぴ、かつ医師に聞かないでも自由に医療情報に接することができるシステムを構築することだと思います。嚢胞腎の会の発足を契機としてこうしたことを始めたいと思います。そして最初の試みとしてインターネットのホームページ作りを医学生有志の協カを得て始めました。このホームページにより誰もが自由に「嚢胞腎」に関する最新の知識を知ることかでき、質問や意見を白由に交換できるようになればと願っています。

「PKDの会」ヘの期待・・・この号の先頭へ戻る・・・

東海大学健康科学部  溝口満子

写真 私は1994年6月、米国ミズーリー州カンサスシテイーにおいて開かれた第5回PKRF(多発性嚢胞賢研究基金)年次大会に参加いたしました。空港から会場のホテル迄のリムジンの中は、大会参加者ばかりでお互い既知の仲間というふうで、陽気な雰囲気の中に、いつの間にか私も参加して(させられて)いました。そして受付でのフレンドリーな応対、その夕刻の歓迎パーテイーでは透析を受けている人も、症状のない人も、家族の人も、また医療関係者も誰が誰と見分けがつかない程、1つの輪になり楽しんだことに正直驚きました。夜は誘われて街にくり出し、食べて飲んでホテルにもどったのは11時をまわっていました。

これがアメリカ人なんだという思いもしましたが、2日間皆さんと行動を共にしてみると、やはり元気な人ばかりでなく、痛みがあったり、腹部が大きくなってきているとか、心に負担を感じている人も少なからずいることが分かりまた。会議中はどの人も熱心に情報に耳を傾け、質問を盛んにしているのが印象的でした。休憩時間は医療の専門家や研究者に積極的に質問をしたり、参加者同士が、お互いを紹介しあったり話をしたりとても賑やかでした。このように会を盛り上げるために事務局や各地域のコーデイネーターが陰で素晴らしい働きをされておりましたが、彼(彼女)等も又、この病気と闘っている人たちなのです。

「心が健康である」ということがこんなにも人をエネルギッシユに快活にさせるということを身にしみて感じた2日間でした。

この度、会長の岡野さんを中心に役員の方の努カによって、日本で初めての多発性嚢胞賢のための組織である「PKDの会」が発足しました。会員1人1人がお互いの立場を理解し合いながら、心の健康をめざして前進して行ける会になることを期待し、私も1メンバーとして、できることをして行きたいと思っております。

随想・・・この号の先頭へ戻る・・・

北里大学病院外来婦長  岩切芳子
”人生は人と人との出会いてある”と言われています。生潅に素晴らしい人、善い人とより多く出会えれば、とても幸せなことです。ただ待っているだけで、その出会いはありません。一生の間にたくさんの人とめぐりあい別れていくものてすが、出会った人が善き人であるかを理解するカがその時自分に備わっているかどうかが問題です。自分が未熟であれば、めぐり会えたかも知れない善き人を善き人として自覚することなく通り過ぎてしまったら損失の多い人生になりましょう。

又、感情面では美しいものを美しいと感しる心を持ち、人の痛みのわかる感性を身につけたいものです。

写真 写真 さらに知的な面では真実・本質を理解し認識するカも養いたい。55才になった今、残る人生を意義あるものとする為に静かに自分を見つめることから出発したいと考えているこの頃てす。

皆さんも患者会発足により多くの人との交流がはじまりますが、自分を知って相手をよく理解するために、自分自身を人間として高めて行くことを自分なりの方法でしてみてはいかがでしょうか。病気を持つ人も健康な人も、私生活の上でも職場でも、自分に人生をさわやかに力強く生きて行きたいものです。

★MEMO★
ハープを育てその香り、薬用を楽しんでいます。次回よりハープを1種類ずつ紹介したいと考えています。

ヨーロッパ透析旅行・・・この号の先頭へ戻る・・・

I.S.

 これは今回参加した人工透析海外旅行「ロマンティック街道とスイスアルプス・パリ8日間」(6月19日(水)〜6月26日(水))に関し、感じたことを記録したものである。透析患者でもこのような旅行に参加できるという一例としてお読みいただければ幸いである。

1.第1回透析(6/20) ロイテ(オーストリア) 20:00−24:00 食事なし
 スタッフは婦長、技師、看護婦助手の3名である。医師の姿は見えなかった。穿刺は婦長が1人でやる。婦長だけが英語を話す。言葉が通じなくても、全員明るく患者への気配りが随所に感じられた。病院のあるロイテの土地柄にもよるのかもしれない。

2.第2回透析(6/22) ロイテ(オーストリア) 7:00−11:00 食事付き
2−1 食事
 日程の都合で透析開始1時間後に朝食があった。食事内容は飲み物数種、サンドイッチ数種、卵、ハム等から患者が任意に選択する方式である。従って、体重の計算は患者に任される。小生はあんずママレード付きパンと紅茶を選択した。また、開始3時間後にお茶がでた。これも選択方式で小生はヨーグルトを選んだ。

2−2 おみやげ
 チョコレート製のこびとの人形をいただいた。途中で少し溶けてしまったが、無事にわが家に持ち帰ることができた。このことからも、ここが家族的な雰囲気の施設であることがわかっていただけると思う。小生は初日に日本の着物をデザインしたコースターを技師にプレゼントした。

3.登山(6/23) ユングフラウヨッホ(スイス)

写真 3000m以上の高地における透析患者のか弱さは予想以上であった。
 いわゆる「高山病」の軽度なものであろうが、小生に関しては、1)運動能力減退、2)知覚能力減退、3)判断力低下のような症状を示した。

他の患者に関しても、小生の観察したところ、大同小異であった。この間、健常者は小生より高齢と思われる人を含めていずれも正常であった。
上記の症状は2800mより低地に来ると、急速に消失した。これは登山電車の中が急ににぎやかになったことで、確認された。

原因として、推測されることは以下のことである。
1)透析患者に共通する貧血傾向と酸素分圧低下  
2)急速な高度変化による酸素供給不足
3)天候悪化(2000mより上は残雪&降雪)による気温低下

4.第3回透析(6/24) パリ郊外(フランス) 20:00−24:00 食事付き
 スタッフは医師、婦長、看護婦助手の3名である。技師の職務は婦長が兼務していたようである。この婦長はかなりのやり手で、医師も実務的なことは彼女に依存していた。穿刺は医師が1人でやる。穿刺を終えた後、我々から見える場所で夕食を始めた。メニューはフランスパン、ワイン、チーズ等である。「ワインは水と同じ」とは聞いていたが、さすがに驚いた。

「PKDの会」に参加して・・・この号の先頭へ戻る・・・

小川令子

毎年の「誕生月 主婦対象検診」で、今まではコレステロール値か少々高い程度のことはあっても、「毎日の食べ物で健康管理に気を配りなさい」と言われるくらいてあった。しかし50才になり、検診に腹部のエコー検査が加わった。そこで初めて腎臓に「嚢胞腎」があることがわかった。今まで聞いたこともない病名。

写真 「大きな所で経過を見ていただくように」との先生の言棄、驚きと心配で、肝臓に「嚢胞」が発見された友人に聞いてみた。「肝臓は臓器が大きいので心配ない」と言われたとのことだった。
図書館にも通い調ぺてみると
 1.先天性の疾患であり、メンデルの法則で優勢遺伝をする病気
 2.腎臓の機能に障害がなけれぱ放置しておいても良い
 3.500人に1人とも、300人に1人とも言われる
等と書かれてあった.

とりあえず心配するより検査を受けることに決めた私は、北里大字病院へ行った。検診の結果「今のところは異常がない」とのことでひとます安心したものの、いずれ障害が出てきた時のことを考えると心配は隠せない。幸この病院内では、学習、情報の交換の場として「PKDの会」が出来て勉強の機会が与えられてたことをとても良かったと感じている毎日です。これから先、研究の成果が実り、新しい治療方が開発されることを望むと共に、患者同志の意見交換の場として、発展できたらと願っています。

ロサンゼルスにて・・・この号の先頭へ戻る・・・

林 紀子

今年の夏は新しい出会いの季飾節だった。30年以上も憧れてきたアメリカでの生活。国籍も、肌の色も、言葉も文化も違う多くの人々と出会いおしゃベりした。私の中のアメリカは、明るく陽気でくよくよ考え込まず、自然の中でゆったりと生活している国だった。子供の頃から病弱で神経質な母を見て育った私には、そこが魅カだったのだ。2週間ホームステイを体験して、今まで想像してきたアメリカとはちょっと違う現実を見ることができた。観光旅行では知ることのできない様々な国の人達の機微に触れることができたような気がする。

写真 この旅行中PKRFの元コーディネーターだったペギー・ブッシャーさんやメラニー・スイートさんにお会いしたことも、素晴らしい出会いの1つだった。お2人とも嚢胞腎の患者さんで、メラニーさんは、3年程前に腎臓移植をされたそうだ。それぞれのお子様方もご家族をもち、お孫さんもいらっしゃるらしい。とてもはつらつとしていて本当に患者さんかしらと思うほどだった。
PKRFというのは、アメリカの嚢胞腎研究基金という団体で、PKRFProgressを発行している。

この会は、アメリカ20州に33支部、カナダに1つの支部を持ち、全国的な活動をしている。本部は大別して3つの活動をしている。

1.運営資金調達の計画実行をするグループ
・会員から年会費。
・大手株式会社や親戚からの寄付。
・それぞれの支部の近隣の商店などに、商品のクーポン券を提供してもらいガイドブックとともに売る。
・クッキーやケーキなどを焼いて売る。
・企業協賛のチヤリティースポーツ(ボーリング・ランニング・ゴルフなど)

2.情報を提供するグループ
  医師、外科医、栄養士、看護婦、臓器移植協会の代表などに講演を依頼して、PKDに関する正しい情報を提供する。このような会を年3〜4回開き、殆どの人が年に1度は出席している。

3.総会
  年に1回開かれ、各支部の活動内容や寄付金の報告をする。
  それぞれの理事には医師、小児科医、科字研究者、弁護士、一般の人などがなり、情報提供はもとより、各支部で間違った情報提供をしていないかなどのチェックもしている。大きな組織になると隅々まで正しい情報を伝えることが難しくなるので大切な仕事と言える。正しい情報提供ということでPKRProgressの他にPKD Patient's Manual という患者のための小冊子と、Q&AonPKDという患者と専門家の質問と答えが載った本を出版している。
写真   各支部は独自の活動を通して、患者1人1人の精神的なケアや情報の提供や医師の、講演会などを計画実行している。会合は月に1度開き、患者やその家族がお茶を飲みながら情報交換と共にお互いの心を暖め合っているようだ。

  寄付という事で今、日本で大きな問題になっているHIV訴訟の問題に触れ、アメリカではどうか伺った。以前アメリカでも類似した問題があったそうだが、今ではF.D.A.という政府の機関が食べ物や薬品の安全牲の検査を4〜5か所の病院や研究所に依頼し管理しているので安心しているそうだ。また製薬会社などからの寄付は受けていないようだ。

  PKRProgressの記事で、嚢胞腎の患者でも契約することができる保険会社があると読んだので伺った。あるにはあるがやはりほんの僅からしい。またアメリカは公的な保険制度が充実していないので、多くの人が個人的に高い保険を掛けているそうだ。東京では嚢胞腎が難病に指定されていて申請さえすれば治療費もかからないと言うと、お2人共とても羨ましがっていらした。

  最先端の医療を受けられる環境にあって(経済的面は別にして)透析と腎臓移植と遺伝子治療のどれに期待するか?という質問にメラニーさんは、「腎臓移植」に満足しています。手術後は一生薬を飲み続け月に1度は病院へ行き半年おきに検査をしなければいけないが、今の快適さは手術のお陰だ」とおっしやっていた。きっと彼女は手術が成功した1人なのだろう。アメリカでも遺伝子治療はまだできないかと聞くと「今はアメリカでも」と笑っていらした。少しがっかりした。

雇用問題についても伺った。アメリカでは法律的に断ることはできないが、企業は他の理由で採用を断るかもしれない。だからもし企業が「貴方は健康ですか?」と聞いたら「はい」と答えるだろうと事も無げに大笑いした。

たった1人の発案で始まった活動が9年たった今3〜4万人の会員が参加する活動になった。日本では遺伝病ということで公にしたくないという人も多いと思う。アメリカの社会でも病気があることは大きなハンディーになることもあるが彼等の活動は決して受け身ではない。テレビ、ラジオ、インターネットを通して啓豪活動をしている。また政府や医療機関が研究開発をして治療してくれるのをただ待っているのではなく、自分達が必要とする研究に資金を寄付し、そこから得た研究成果を会貝に還元している。メラニーさんにいただいたPKRFの加入申込書に「貴方は1人じゃないんですよ」という言葉が書かれている。

写真 アメリカにも私達と同じ様に悩んでいる人かいる。でも彼等は仲間達と、前向きに自分の人生を自分の今日一日を生きている。だからこの会がこんなにも大きな組織になったのだろう。

スタートしたばかりのPKDの会がこんなに自立した活動ができるようになるのはいつのことかわからないが、私は「貴方は1人じゃないんですよ」と心で繰り返しながら皆様と活動していきたいと思っている。
      8月25日憧れのアメリカンライフか終わった。

随想・・・この号の先頭へ戻る・・・            

鷹野光子

私がこの病気を知ったのは、十数年前、尿道結石になった時でした。先生から聞かされた時は、ショックで床につきました。でも家族や友人に励まされ、それに仕事もしていましたので、何時までも会社を休もわけにもいかず、気分的にも早く立ち直りができたと思います。

写真 それから暫くして、病気知らずの友人が肺ガンと聞きまたショック。でもその友人は気丈で病気に正面から向き合い病気の進行状態をこと細かに知らせてくれ、私達の方が戸惑い悩み、いろいろ勉強させて頂いた1年でした。最後はホスピスに入り、私達もホスピスの病棟に見舞いに行かせてもらいました。友人の一生懸命生きた生き方に感動しました。自分のこれからのエネルギー源になります。

私達の病気を持った人の会ができ、それに参加して諸先生方のお話や外国での活動の様子、悩みの話し合いのばができたことに感謝します。

子供達のためにもこれからの医学の進歩に期待したいと思います。

父から教えられた生きるとは・・・・・・・・この号の先頭へ戻る・・・   

Y.静子

今から10年程前に嚢胞腎をもつ体であることが分かりました。きっかけは、背中の痛み、膀胱炎にしばしばなる事でした。健康体が自慢でしたから、ショックはひどく、苛立ち、悔しさ、寂しさ、不安が1度におそってきたので、慰めの言葉など聞きたくない程、全てが嫌だった日々。とても情けない自分だったことを今でも思い出す度に赤面しますが、それが現実の姿でした。

立ち直るまでに数カ月要しました。その数カ月は実に苦悩の日々ではありましたが、人生そのものを考えさせてくれた貴重な時間でもありました。また身近に人生の先輩である父の存在が今の私に大きく関わっていたことも事実です。

父は2年前93才でこの世を去りましたが、入退院の暮らしにも上手に病気と付き合い、89才の時に脳梗塞で半身不随になった時もリハビリと父独特の訓練で高齢にして完全に回復しました。当時同室の中年男性たちでも回復するのは、難しい方々も多く見掛けました。

生きる事への執念が完全回復へ結ぴ付いたのだと思います。周囲は勿論のこと担当医師も驚かれ、「神様みたいですね」と冗談を言われたくらいだったのてす。

写真 「死ぬなんて考えない、お迎えがきたら、それはそれでいい。自然がいいねエ」何気ない言葉なのですが、穏やかな言葉に聞こえました。父が高齢だから、そう言ったのではないのです。後を振りかえったり、クヨクヨ考えて暮らすより、前向きに人生を生きようとすることの方が豊かに生きられると言う事だったのでした。

とかく病気になると精神面で弱くなります。私もその1人でした。人生ひとそれぞれの暮らし方かあると思いますが、私は父が選択した生き方のように前向きに物事をとらえて行くことから暮らし始めようと思います。

PKDの会を通じ、次世代、孫の世代には良き治療方法が発見されることを祈りつつ、素晴らしい会になるようご協力させて頂きたいと思っております。

アンケート結果・・・この号の先頭へ戻る・・・
★1996年5月18日/第1回PKDの会 総会時に皆様からのアンケート調査の結果をご報告します。

[1] 講演についての意見、感想
 *わかりやすかった。
 *各方面からの研究発表が大変参考になった。 
 *英語や統計とかスライドでの説明が多数あり、難しかったが状況がよくわかった。
 *ADPKDのバックグランドを知ることができて、勉強になった。
 *のう胞腎のことを、詳しく説明していただいたのは始めてでよくわかり、また最新の勉強ができた。
 *病気という設定でのデーターであったが、何も症状の出ない場合もあるというので、もっと多くのデーターがあれぱ良いと思う。
 *これからも、講演をお聞きしたい。
 *出席することをためらっていたが、自分の体に注意を払うきっかけができた。

[2] 会に対する意見、希望。
 *今後の活動を楽しみにしている。
 *会員相互の情報が欲しい。
 *できる限り協カする。 
 *様々な情報の提供を希望する。

[3] 症状(本人、家族、その他)で特に何が心配か。
 *子供が1人(22才男)いますが、まだ検査していない。
 *肝臓に発生すると怖いので、ストレスがかからないよう心がけたい。
 *現在は正常だが、腎機能かいつまでもつか心配。
 *血小板、白血球が、少ない。
 *小児科にかかっているが、主治医が1ケ月に1、2日ほどの診療になり、不安だ。
 *朝、手の浮腫みをかんじる時がある。
 *患者として誤まった知識を持たぬよう注意すべきだ。
 *長男(39才)がのう胞腎の診断をうけたが、遺伝だろうか?(親も、のう胞腎)
 *血圧が、時々高くなる。
 *手や体が、時々だるくなる。
 *血圧が高いので、脳出血が心配。
 *2度ほど尿に出血しているので大量の出血が心配。

[4] 症状の進行度を3つに分けると腎臓の働きがどれに入るか。 
   本 人 家 族 その他 メモ欄 
    正 常    8人7人  
低下している7人3人  
透析をしている9人   
腎移植7年目1人   

[5] 腎臓以外に嚢胞があると言われた事があるか。
  *ある 21人  肝臓  14人
           膵臓   3人
           その他 動脈瘤  1人
  *ない  7人

       事務局からのお願い・・・この号の先頭へ戻る・・・

★会報への投稿について

  会報「北斗星」にこれからも皆さんへのコミュニケーションの場として役員一同更に努力していきたいと考えております。
  つきましては皆様からのご意見ご希望をどしどしお待ちしております。どんなご相談でも結構ですので事務局の方へご連絡下さい。

 宛て先:clowns.cabin@ma2.justnet.ne.jp

★事務局のお手伝いをして下さる方をさがしています。

難病指定(特定疾患)請願中
 只今、神奈川県知事宛てに多発性嚢胞腎を難病指定に認定して貰うべく請願をして おります。認定されますと本人の医療費が全額(保険の範囲)無科となり県から年額 4万2千円の補助金が交付されます。ちなみに東京都では既に実施されています。

写真 北里病院ホームページ開設準備中
塚本先生の指導でホームページを作成中です。
完成しますと家庭でパソコンを通じていろいろな案内を見ることが出来ます。

新入会員ご紹介
   法人賛助会員:有限会社 O工業所様  
            PKDの会に5万円のご寄付を頂きました。心より感謝致します。

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